2014年7月8日火曜日

特撮感想:ゴジラの逆襲

ゴジラの逆襲

原作:香山滋 脚本:村田武雄、日高繁明 監督:小田基義 特技監督:円谷英二
公開:1955/4/24

登場怪獣

ゴジラ
アンギラス

感想

『ゴジラ』のヒットを受けて急遽作られたという続編。11/3に『ゴジラ』が公開されて、半年も経たずに続編が公開されるという現在では考えられないような短いスパンでの続編となった。Wikipediaによると撮影は3ヶ月に満たなかったという。


本作の劇伴は伊福部昭ではなく佐藤勝が担当している。前作とうってかわって明るい曲調のメインテーマ曲が印象に残る。


冒頭で北緯34度、東経136度にて鰹の大群を発見したという報告しているが、該当する場所は紀伊半島の山の中である。単純なミスであろうか、それともゴジラの世界は我々の地球とはまた異なっているということを表しているのか。

小林が不時着した無人島でゴジラとアンギラスが戦いを繰り広げている。前作ではゴジラの登場が遅かったのに対して、今作では冒頭から怪獣の戦いが描かれると作風の違いが目に見える。

アンギラスの正体を調べるための会合に前作から山根博士が引き続き登場している。
アンキロサウルスが肉食恐竜と説明されているが、実際には草食である。アンギラスと実際のアンキロサウルスの外見は似ている(といってもアンキロサウルスは想像図だが)とはいえ、別物であると考えるべきであろう。アンギラスは脳が体の各部に存在しているため素早く動けると説明されているが、脳が各部に存在するという異常な設定が活かされなかったのが残念。
アンギラスもゴジラと同じく水爆実験によって蘇ったとされているが、水爆の話題はここで打ち止めとなり物語の軸とはなっていない。また、山根博士もこの会議の場面のみの登場である。

フリゲート艦が北緯34.30分、東経134.50分にてゴジラを捉えているが、該当箇所は瀬戸内海である。こんなところにゴジラがいたら淡路島で発見されても不思議ではないはずだが……。この後に地図を広げるシーンでは淡路島の南を指している。

ゴジラは一旦四国に上陸すると予測されていたのが、大阪に上陸しようとするという台風のような扱い。大阪上陸を防ぐため、山根博士の発案どおり灯火管制を行い、照明弾によってゴジラを海上へ引き離すという作戦が実行されることになった。作戦はほぼ成功していたが、護送車両から逃亡した囚人が工場にタンクローリーで突っ込み爆発炎上。そこに向けてゴジラが進行してきてしまう。
ここの展開は、さすがに強引すぎると感じた。「見張りの警官が簡単に押さえつけられて銃を奪われ、運転する警官は囚人の嘘に簡単に騙され(どう考えても押さえつけられた警官の声が聞こえるはず)、たまたまタンクローリーが放置されていたところで逃亡する」という流れはあまりにもご都合主義的でタンクローリーを奪った時点で爆発してゴジラが来てしまうんだなと読めてしまった。

ゴジラの上陸を追うかのようにアンギラスも上陸。ここの戦いは噛み付きを主体とした戦いで獣の戦いという感じで良い。プロレス世代ではないのでウルトラシリーズの怪獣プロレスよりも自然に見ることができた。ところで放射能熱線を吐くときに背びれが光っていないが製作期間の短さが影響しているのだろうか。

炎上する工場を見る社長のシーンの後の戦いはコマ落ちして異常に素早く、ギャグのようになっている。撮影スタッフの高野宏一がミスをしてこのようになったものを円谷英二が面白いからとOKを出したらしいが、重量感が欠片も感じられず映像から浮いてしまっているように見えて自分は好きではない。建物が壊れるシーンではスローになっているため余計にそう感じてしまう。

大阪城に押さえつけながらアンギラスの首筋を押さえつけ(この時点で決着はついてるように見える)、重量で大阪城が壊れるシーンは圧巻。やはりこの映画一番の見せ場はここだろう。
物語半ばにして倒されたアンギラス。このときはまだゴジラと怪獣の戦いがメインではなかったということだろう。

大阪の街が破壊されたということで物語の舞台が北海道に移る。
タラの大群が見つかった場所は北緯32度、東経146度とこの作品の中では常識的な地点となっている。


北海道編はゴジラが出ることもなく話が進むため、正直退屈だった。
ソーラン節を歌う宴会は古き日本の姿を表していて昭和を感じられて良かったが、ここまでで小林に感情移入するほどの描写があまりなされていないので縁談のくだりなどがどうでもよく感じられた。

またも出現するゴジラ。今度は東経148度、北緯53度にある神子島らしい。オホーツク海に入り込んだ地点だが、戦後の日本からこんなところに行ったらソ連から攻撃を受けるのではないだろうか。

この神子島でのゴジラとの戦闘(というのも怪しいが)はどうにも消化試合という印象が拭えない。そもそも民間人である月岡・田島が自衛隊の機体で出撃してもよいのだろうか?
ひたすら雪山が爆破する映像が流れるだけで代わり映えがせず見ていて退屈した。また、ゴジラの攻撃を受けたわけでもなく雪山に突っ込んでいった機体もあり、困難な任務であると表現しているのだろうがどうにもマヌケな映像にしか見えなかった。

雪崩で生き埋めにされるゴジラ。「小林、とうとうゴジラをやっつけだぞ」と月岡が言っているが、熱線で溶かせそうなもので、とても倒せたようには思えなかったので、見ていてこれで終わりかとツッコんでしまった。

前作のヒットをうけて急遽作られた作品ということもあり、実際粗も多いとは思うが、怪獣の戦いという後に続く試みがなされたのはとても大きいことであると思う。

特撮感想:ゴジラ

ゴジラ

原作:香山滋 脚本:村田武雄、本多猪四郎 監督:本多猪四郎 特殊技術:圓谷英二
公開:1954/11/3

登場怪獣

ゴジラ

感想 

ハリウッドでゴジラが製作され大ヒットと報じられるなかで、ゴジラ 60周年記念デジタルリマスターが映画館で上映されるという企画があった。ウルトラシリーズは多く見てきたが、ゴジラは白目ゴジラ以降の作品しか見たことがなかったということや1954年のゴジラを劇場で見られる機会はもう二度とないかもしれないと思い、友人を誘って品川プリンスシネマに見に行った(ちなみに、ゴジラの上陸地が品川というのはどこかで聞いたことがあった)。

第一印象としてはスタッフロールがOPにあるのが新鮮だった。映画の余韻を味わうという点ではこの手法はとても良いと思った。

序盤は貨物船や漁船を沈めるだけでゴジラは姿を表さないことで緊迫感を煽っている。初見時には気付かなかったのだがここから生き残りの船員が漂着するまではとてもテンポが良い。一気に物語へと引き込まれた。

嵐の夜にゴジラが大戸島へ上陸し暴れまわる。実はこのときにゴジラの足が写っているらしいのだが自分は気付かなかった。
高波の描写や家が崩れる描写などの特撮は圧巻。この映画で最も緊迫感があるシーンだと思う。

調査団が大戸島へ向けて出港するシーンは出征するかのような雰囲気。何隻も沈められたのだから仕方ない。
調査中、ついに姿を現すゴジラ。島民が日本刀を持ちだしているのが驚き。
山根博士はジュラ紀を200万年前と言っているが、ジュラ紀は2~1.5億年前である。

特撮シーン以外では東京の街や民衆の服装が興味深かった。高層ビルがほとんどなく、和服を着た人も多く見受けられる。私が今までに見たことのある映像作品は高度経済成長期の最中、1966年のウルトラQが最古であった。高度経済成長が始まる直前の1954年の様子は全く新鮮に見ることが出来た。
長崎の原爆や疎開といった戦時中を想起させる言葉が飛び交うのも戦後の作品であることを思い出される。

ゴジラを倒すために爆雷攻撃が行われたが全く効果はなし。この爆雷攻撃のときの曲はメインテーマについで印象に残った。
ついに品川に上陸するゴジラ。 全く止まろうとしない電車には少し笑ってしまった。
一旦は海へ帰っていったが、ゴジラを倒すため海岸に鉄条網を設置し5万ボルトの大電流(正しくは電圧だが)で倒そうという作戦がたてられる。
自衛隊基地から車両が出て行くシーンでメインテーマが使われていることから、この曲は自衛隊のテーマなのだろうと思われる。

再上陸したゴジラは鉄条網をものともせず、放射脳熱線によって東京を火の海と変えていく。
この放射脳熱線は霧状で自分のイメージとは異なっていて驚いた。映画館で一緒に見た友人は「冷凍光線かと思った」と言っていた。
炎の迫力という点では白黒映画であるためどうしても劣る点があるが、淡々と破壊神を描写しているようで臨場感が感じられた。
田町や新橋といった具体的な地名が出ることで東京に上陸したということを感じたし、特に銀座や国会議事堂のような現存する建物を破壊するシーンではある種のカタルシスがあった。当時の東京都民はこの破壊をより臨場感を持って感じられたのだろうか。
ゴジラを実況する取材クルーの有名な「さようなら」のシーンは狂気のプロ意識を描写した名シーン。それでもなお淡々とした描写が印象に残る。
東京湾に出て行くゴジラに戦闘機部隊がミサイル攻撃を行うが一発も当たっていない。せめて一発くらいは当たって欲しかった。

野戦病院でゴジラの被害を目の当たりにした恵美子は秘密を話してしまう。
オキシジェン・デストロイヤーは水中の酸素を破壊しつくす強力な兵器となりうると話す芹澤博士。そして、使うことになってしまったら自らの命も断つとも話す。
おそらく芹澤博士が自殺したのは科学者しての挟持よりも恵美子の裏切りの方が大きかったのではないだろうか。女に秘密を話してはいけないという教訓は60年前の映画にも描かれている普遍的な概念だったのだろうか。
個人的な感想としてはゴジラの脅威の前にその意思を知っていてもなお秘密を話してしまうのは納得がいく。死んでくれと言わんばかりのことを「許してください」 と自己保身に走った恵美子の汚さには心底侮蔑を覚えた。ここまで感情を揺さぶる人間ドラマを描いている本多監督の技量はあっぱれと言わざるをえない。

終盤では「ゴジラをいかに倒すか」ではなく「オキシジェン・デストロイヤーを用いるか」ということに主題が移り変わっている。
「オキシジェン・デストロイヤーを使えば確実にゴジラを倒せる」というのは後の怪獣映画であったらある種の反則とも言えるほどの描写なのだが、反水爆を徹底して訴える『ゴジラ』だからこそ納得のいくものとなっている。


オキシジェン・デストロイヤーでもがき苦しみながら沈むゴジラの断末魔は物悲しさを帯びている。
このゴジラは人間の水爆実験によって目覚めさせられた挙句、水爆を超える兵器で殺されるという被害者として描かれている。
山根博士は水爆実験を続けることで新たなゴジラが現れることを危惧する山根博士で物語は幕を閉じる。

2014年7月4日金曜日

初投稿

今日(正確には昨日ですが)、品川プリンスシネマに1954年のゴジラを見に行きました。
その臨場感に感化されてアニメや特撮などのことについて書く場がほしいと思いブログを解説することにしました。